スポンサーリンク

沖縄の高校野球の歴史から優勝まで。悲願の旗が海を渡った日

沖縄県民にとって、高校野球は切っても切れない強い思い入れがあります。

強豪県と称されながら、なかなか優勝できなかった。歴史的に参加に遅れた。といった理由で、応援の熱が老若男女とも高いからです。

試合の時には、道路を走る車が少なくなるという現象も起こり、大手スーパーでは実況のラジオが流れたりもします。

そんな県民にとって思い入れの強い沖縄の高校野球の歴史について、まとめました。

スポンサーリンク

沖縄の高校野球の歴史

高校野球とは、毎年8月に開催されている「全国高等学校野球選手権大会」のこと。

大正時代から始まり、昭和・平成と脈々と受け継がれ、2018年には100回開催を迎えた歴史あるスポーツの大会です。

今では、47都道府県から1代表以上が出場するのは当たり前ですが、最初は10地区(10校)の代表制から始まりでした。試合日程2日間くらいで終わっちゃいそうですね。

その後、代表枠は増え続け、1978年以降は1府県1校、北海道と東京は2校の49代表制となっています。

沖縄と高校野球

さて、沖縄の高校野球の歴史についてですが、戦前は一度も参加したことがありません。

その理由としては、先に説明した通り代表枠が少なかったこと、そして、出場するためには九州大会で勝ち抜かなければならず、そこまで強くなかったことが挙げられます。

「野球」というスポーツが沖縄に入ってきたのも遅く、野球に関しては発展途上だったわけですね。

そして戦後、沖縄は、1945年の敗戦から1972年までの27年間、アメリカ合衆国に統治されることとなります。

統治後すぐには沖縄で大会は行われることはありませんでしたが、「沖縄の復興は先ず高校野球から」という佐伯達郎(当時の高校野球連盟副会長)の尽力のもと、1956年に沖縄高校野球連盟が設立されます。

しかしそれでもやはり、なかなか試合に勝てず、甲子園への出場は遠いものでした。

初出場は1958年

出場が出来たのは、1958年の第40記念大会。

九州大会で勝ち進んだからではなく、記念大会として1府県1代表制で行われたからでした。

初出場を果たした第一号は「首里高校」。

当時は、阪神甲子園球場まで行くために船に乗り、パスポート(渡航証明書)も必要。

船酔いでフラフラしながら、港の両替所でお小遣いのドル紙幣を円に替えたとのことですから、まるで遠い海外へ試合に来たようなものですね。

試合結果は初戦で負けてしまいましたが、「甲子園に出場できた」という嬉しさは計り知れないものだったことでしょう。

しかし、悲劇はここからです。

他の代表校と同じように、甲子園の土を集めて故郷に持ち帰ろうとした首里高の球児。

その帰りの船で、沖縄以外の土の持ち込みが禁止という「植物検疫法」に引っ掛かってしまいます。

大事な土を没収され、海で流される様子が全国ニュースとして流れました。

この衝撃的な事件から、県民の日本への復帰感情が高まったとされています。

強くなっていく沖縄

その後、沖縄は球場を作ったり設備を整えたりして、甲子園で勝つことを目標に力を注ぎます。

「甲子園で優勝しないと沖縄の戦争は終わらない」とまで言われていました。

そして、その力の入れ具合と比例するかのように、球児たちも強くなっていきました。

1962年には、南九州大会で優勝し、記念大会以外での甲子園出場を果たします。(沖縄高校)

そして、翌年の1963年には、甲子園出場だけではなく、初勝利という記録を残しました。(首里高校)

さらに5年後の、1968年には興南高校がベスト4。

そして、1972年に沖縄県は日本復帰を果たします。

なかなか優勝できない沖縄

その後、良いところまで行くものの、なかなか優勝ができない数年間が続きます。

1976年 ベスト8 豊見城高校
1980年 ベスト8 興南高校
1986年 ベスト8 沖縄水産高校
1988年 ベスト4 沖縄水産高校
1990年 準優勝 沖縄水産高校
1991年 準優勝 沖縄水産高校
1997年 ベスト4 浦添商業高校

私が子供の頃はちょうど、沖縄水産高校が全盛期でした。

優勝まであと少しというところまでが、2年連続だったことは子供ながらに強烈に覚えています。

そして、優勝はしていませんが、優勝したような騒ぎだったことも覚えています。(笑)

スポンサーリンク

ついに優勝

1999年に沖縄尚学が春の「選抜高校野球大会」で優勝します。

夏の高校野球ではないものの、沖縄がついに全国優勝を果たしました。

その頃はちょうど宮古空港にいたのですが、もう、みんながみんな空港のテレビに釘付けになって応援していました。

気温4度という、沖縄では経験できない寒さの中で、甲子園球児たちが頑張っている姿がとても印象的でした。

それから9年後の2008年にも、沖縄尚学がまた春の選抜高校野球大会で優勝。

沖縄が強いということを、はっきりと証明したことでもありますね。

興南高校

そして、2010年、ついに興南高校がやってくれました。

春の選抜大会で優勝。

そして、夏の全国高校野球選手権大会で優勝。

私は、居ても立っても居られなくて、夜行バスに乗って、甲子園まで足を運んで応援しに行きました。

会場はほとんどが沖縄の応援だったので、相手チームはやりにくかったと思います。

あの歴史的な瞬間を生で味わうことができたこと、そして甲子園を一周したウェーブへの参加は、今でもはっきりと覚えています。

2010年8月22日、深紅の優勝旗が初めて沖縄に渡る飛行機の中、機長からねぎらいの機内放送も流れたというから驚きですね。

まとめ

以上、沖縄の高校野球の歴史についてでした。

1958年の初出場から52年後に夏の全国大会で優勝。半世紀かかりました。

戦後やアメリカ統治を知らない世代ですが、沖縄勢が強くなってきた頃に生まれ、そして優勝した年を経験できて、幸せ者だなと思います。

あの甲子園の土を海に流す映像は、何度も見て育ってきましたから。

これからも続いていく高校野球。

また、2回目、3回目と優勝旗が海を渡ることを期待しています。
  

甲子園で鳴り響く指笛についての記事「沖縄の指笛は甲子園でうるさい?コツや練習方法はあるの?」も参考にしてみてください。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする