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宮古島には「ユタ」という、いわゆる霊能者に近い職業が存在します。
昔から地元住民はこのユタにいろいろなことを決めてもらっていました。
今でもこの傾向は根強く残っていて、私の母も何かあるごとに相談しに行っています。
ここでは、そんな宮古島のユタについて詳しく調べてました。
宮古島のユタについて
地元住民の心の拠り所であるユタについて、その呼び方や関わり方、そして最近の傾向についてお伝えしていきます。
ユタとは?
ユタとは、神さまからのお言葉を伝える人のことで、今で言う、霊能者・シャーマン・占い師・東北地方のイタコと同じような職業にあたります。
女性の年配者、いわゆる「おばあ」か「おばちゃん」がほとんどで、主に先祖への祈り方や、家族の行い、行事の日取りなどを指南してくれます。
ユタになるには、なりたいと思ってなるのではなく、神さまから選ばれた人が強制的になるとされていて、その宿命からは逃げられないのだそうです。
生まれた時からすでに生きる道が決まっているわけなんですね。
ですので、その技法は誰かからやり方を習うのではなく、天から降りてくるので、人によって違うということも特徴的です。
また、親子でなる場合も多く、そういう霊力が強い家系があるということも事実です。
ユタの呼び名
ユタの文化は、奄美大島から沖縄諸島全般にまで広く存在していて、宮古島だけではありません。
そして、「ユタ」という呼び名が一般的ですが、宮古島の地域によってもさまざまで、カンカカリャ、カミンチュ、ムヌスなどとも呼ばれます。
私の地域ではカンカカリャと良く言われますね。方言で「神がかった人」という意味です。
普通の人とは違う神さまと関係がある人だ、とそのままの言葉で表現しています。
沖縄の歴史的には、その大きな影響力が琉球王朝の政府に怖れられ、「ユタ禁止」となった時代もあるので、「ユタ」という呼び方を嫌う人もいます。
まさしく日本でのキリスト教と同じ歩みを経てきたとも言えますね。
それほど信仰の力は強く、国をも脅かすエネルギーを持っています。
ユタとの関わり方
私は占いやスピリチュアルは好きなほうですが、ユタには一度も見てもらったことはありません。
というのも、看板を出している訳ではなく、料金も決まっておらず(数万円)、紹介がほとんどで、指南される言葉も方言がメインだからです。
宮古島で生まれ育っていても、子供にとってユタは遠い存在でした。
いわゆる学生の悩みの大半である「恋愛」や「将来の不安」ではなく、先祖との関わり・病気といった「家族の悩み」の相談が一般的です。
私の母も40代後半くらいになってから、ユタに頼るようになりました。
おそらく、病気や家族のことなど、自分の範疇外のことを多くかかえるようになったからだと思います。
しかし、ユタの言うことは100%ではないということは住民たちも知っていて、「1人だけではなく数名に聞く、そして話半分で聞く」ということが基本です。
母がもらった解決法は「先祖が怒っているから、毎日祈りなさい」という言葉で、その後懸命にお祈りしていましたが、子供ながらに恐怖心と共になんとも言えない気分になったことを覚えています。
しかしあれから20年ほど経った現在も、家族みんな健康に暮らしているので、母のお祈りのおかげかな、とも思ったりもしています。
最近の傾向
「ユタは地域住民のもの」という意識が強いのも事実ですが、最近では、「ユタ」という言葉が全国的に知名度もあがり、観光客も増えたので、「ユタにみてもらいたい」という方も増えてきました。
その需要に合わせてか、年齢の若いユタは、インターネットで宣伝したり、沖縄県外に進出したりもしています。
私は「ユタに会いたい」と思ったことがありませんので、直接的に会ったことはありませんが、紹介制なので、もし宮古島でユタに会いたいのであれば、地元の方に聞いてみるのが一番です。
その人は知らなくても、知ってる人もしくは知ってそうな人を紹介してくれると思います。
あとは、標準語で話して(訳して)くれるかも重要なポイントですね。
あまり高齢の方だとほとんどが方言で、結局何を話してくれたのか分からないまま終わってしまいます。
そして、料金は「見てもらう側がいくら払いたいか」というシステムも多いので、結構敷居が高いです。
これまでをまとめると、ツテ(紹介)を頼る、標準語で話してくれる比較的年齢が若い方、料金形態がはっきりしている方を探すと良いでしょう。
また、家に仏壇がなく、祖先崇拝の風習で育っていない方は、あまりおすすめしません。
なぜなら、先に述べた通り「先祖への祈り方」の指南がメインだからです。
占いのような感覚で見てもらおうとすると、思っていたような結果(答え)を得られないかもしれません。
まとめ
以上、宮古島のユタについてでした。
医者の力でも治すことができないことが多かった昔は、神さまに頼るしか道がなく、その神さまと交信できるユタは、医者と同じくらい頼られていたことでしょう。
「人間」はいつの時代でもどの場所でも、何かに頼りたいんだと思います。
そして頼れるものがあれば、強くもなれますしね。
今後、ユタの存在はどうなっていくかは分かりませんが、今でも地元住民の心の拠り所になっていることは事実です。
これからも、ぜひともこの風習は残っていって欲しいものですね。
結婚式の日も決めてもらいます。