宮古島にも不発弾は存在するのか。年間の処理件数から見る戦争

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宮古島の不発弾

先の太平洋戦争で、宮古島も沖縄戦に巻き込まれた島の1つです。

沖縄本島のように地上戦はありませんでしたが、その地上戦に備えて日本軍(第28師団)が駐留していました。

栄養不足や感染症にも悩まされ、空襲の被害も受けました。

そのため、宮古島にも不発弾は存在します。

それでは、宮古島にはどのくらいの不発弾があるのでしょうか。年間の処理件数を調べました。

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宮古島にも空襲

太平洋戦争末期の沖縄戦では、約20万トンの弾薬が使用され、その5%である約1万トンが不発弾として残されたと言われています。

主に沖縄本島の那覇・浦添・糸満が集中攻撃されましたが、離島である宮古島も空襲の標的でした。

1944年10月10日に、初めての空襲が宮古島を襲った後、1945年7月まで爆撃が続きます。

いつ来るか分からない空襲に怯え、昼の活動は出来なくなり、食糧不足とマラリア蔓延に苦しみました。

本当に想像を絶する日々だったと思います。

年間の処理件数

平和になった現在も、戦争が残した不発弾処理は日本全国で行われています。

平成30年4月に「防衛省 総合幕僚監部」から発表された「平成29年度不発弾処理実績」の資料によると、全国の不発弾処理件数は1611件(約49.5トン)。

その内沖縄県は554件(約18.5トン)。

全国の件数の約34%と高い割合を占めています。

 
さらに沖縄県の市町村別に見ていきましょう。

「市町村別不発弾等発見届出件数」によると、昭和54年平成28年度までの期間で、那覇市が7051件。群を抜いて多いことが分かります。

そして、浦添市が3,761件、糸満市が3,174件と続きます。

 
宮古島市は569件。

沖縄本島の中部〜南部地域よりもはるかに少ないものの、離島の中では多い方ということが分かります。

平成20年度からの宮古島の件数を下記にまとめてみました。

宮古島(宮古島市+多良間村)の不発弾処理件数
平成20年度 11件
平成21年度 23件
平成22年度 21件
平成23年度 25件
平成24年度 23件
平成25年度 12件
平成26年度 15件
平成27年度 8件
平成28年度 16件
(沖縄県庁公式サイトより)

平均すると、年間約17件もの不発弾が見つかっているわけですね。つまり、1ヶ月に1件以上の頻度です。

私も調べてみて、その多さにびっくりしました。

事故が起こらない限り大きく報道されませんから、自分から情報を捉えて知ることは大事なことですね。

 
沖縄県のすべての不発弾処理が完了するまでにはあと70年〜80年はかかると言われています。

 

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身近に感じた不発弾事件

年間600件ほど不発弾処理が行われている沖縄県ですが、数年に1度、事故が起こっていることも事実です。

その中で私が強烈に覚えているのは1995年の宮古島での事故。

当時下地町の民家の門が爆発し、ブロック塀や階段が破損しました。

幸い住民に怪我などはありませんでしたが、このことは、宮古島のニュースや新聞に大きく取り上げられました。

中学生だった私は、「戦争の痕跡は今もまだ残っているんだ」と強く感じさせられました。

そして、もしかしたら知らずに不発弾の上で暮らしているのかもしれない、とゾッとしたことを覚えています。

実は、高校生になって友達になった同級生の家だったと、後から知った時にさらにびっくりしましたが。

私が宮古島に住んでいた20年間での大きな事故は、後にも先にもこの一件のみです。

 
その後、沖縄本島(那覇)に移住しましたが、6年間で2、3回ほど、近所で不発弾が見つかったので避難してください、と言われたことがあります。

このことから、宮古島よりも不発弾処理が身近にあることが分かりました。

 
そして、今から2年ほど前ですが、沖縄本島に行った時に、那覇空港の扉に不発弾の張り紙が貼ってあることにびっくりしました。

観光客が海岸で手榴弾などの不発弾を、それと知らずに拾って、飛行機の中に持ち込むケースがあるようです。

これはなかなかの危険との隣合わせですね。

戦争が終わって70年以上経った今も、このようなことが身近にあるということは、とても考えさせるものがあります。

沖縄に電車がない理由

沖縄には電車(モノレール以外)がなく車社会となっています。

東京に住んで電車生活を味わった結果、なぜこんなにも便利な電車が沖縄にないんだろうと強く疑問に思いました。

高齢化社会の地元住民にとっても、観光客にとってもメリットが享受されるのではないだろうかと。

 
電車がない理由として、戦後米軍が車移動の道路建設を優先した、採算が取れない、という事が挙げられています。

しかし、都市伝説として「不発弾が多く埋まっているから」という噂もあります。

年間処理件数が600件あり、完了するまでに70〜80年かかるのであれば、もしかしたらその説は、あながち間違っていないかもしれませんね。

宮古島の不発弾まとめ

以上、宮古島の不発弾についてでした。

住むにあたって、不発弾事故をそれほど危惧する必要はありませんが、可能性はゼロでもないといったところです。

私が宮古島で20年近く住んでいて、不発弾の事故は一度だけですがありました。

 
次の世代にも残すことになる戦争の負債。

平和な時代がいつまでも続くと良いですね。

  

たいらまこ

覆水盆に返らず

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たいらまこ

宮古島出身。
宮古高校卒業後、沖縄本島で6年過ごしたのち、東京に10年以上在住中。

沖縄を離れたからこそ分かる違いや魅力、そして移住のことについて、島を知り尽くした管理人がご案内します!詳しいプロフィール

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